雑食メロンコリー

すきなものを すきなぶんだけ めいっぱい

ユーリ!!! on ICEで世界が開けた話

 

お久しぶりです。ジャニヲタやめます!ってここに記事を書いてからかなり時間が経ちました。その時のわたしははたして、自分が深夜アニメについての記事を書くことを想像していたでしょうか、否。

 

題名の通り、このアニメを観るようになって“NLの世界”で生きていたわたしの世界が開けたという話をするために、久しぶりにはてなブログを開きました。(アニメを毎週観るという習慣を持つようになっただけでも十分大きな変化ですが…)ですが腐女子のカテゴリーに入るようになったとか、BLを好むようになったとかいうわけではないので、そのへんの沼転げ落ち話を期待されている方にはごめんなさい。ただのYOI好きなひとがYOIをちょっと違う角度から絶賛したくなって書いた長い自己満文章です…

 

 

 

 

※この先ユーリオンアイス10話のネタバレを含みます!お気をつけください。

 

YOIを観だしたきっかけ

わたしがフィギュアスケートを好んでいるという記事は前に書いたことがあったかもしれません。少なくとも、町田樹さんにちらっと触れた記事を書いたことがあるはずです。そんなわたしでしたから、スケヲタさんたち経由で今度フィギュアを題材にしたアニメが始まるらしい!振り付けを宮本賢二さんがやるらしい!という情報をいただき、YOIを知ることになりました。

 

はじめ観始めた頃こそは、それこそヴィクトルの謎にイイ身体や、選手同士の距離が近いスポーツにしてもやりすぎじゃ?と感じられる描き方に、「そこまでしてそういう層を狙わなくても…」という気持ちがありました。ですがとりあえずGPS初戦までは観ておこうとおもって観続けていると、現実と同じグランプリシリーズのシステムだったり、ジャンプ構成ひとつで順位が決まるハラハラ感だったり、ジュニアとシニアの違いだったり、といった部分がしっかり描かれているではないですか!そういったところがわたしのツボで、"腐女子狙い"と言われるような描写へのもやもやを上回ったので、観続けることにしたんです。

 

YOIにおける"愛"への認識

そういった中でわたしは、このアニメに溢れる"愛"の描写は、決して恋愛感情ではないなにかとして認識してきました。Twitterを見ればそう認識していない人がたくさんいるのも分かりましたが、わたしとしては師弟愛や同士、好敵手への愛を描いているものだというスタンスをとっていました。ところどころ過剰に思える表現が入るのは、このアニメの裏側にあるビジネスの部分だと、二次創作の類で彼らの間にある"愛"を恋愛感情として捉えている人はそのビジネスのターゲットどまんなかにいる人なんだと割り切ろう、と思っていたんです。

 

正直に言えば、物語上の正史(とわたしが捉えているもの)から外れた過度の妄想に対して少し嫌悪感を抱いてもいたかもしれません。それはわたしに、ジャニーズを応援する中で彼らの中に同性愛を見出して鼻息を荒くする部類の人に嫌気がさしていたことや、ハリーポッターの二次創作で公式で結ばれている相手がいるのに描かれる同性愛に違和感を覚えていたこと*1を思い出させました。こういったこともわたしがこの物語を、異性愛の世界の中にある同性の間の恋愛感情ではない愛を描いたもの、と捉えようとした理由のひとつであったかもしれません。

 

わたしの個人的な恋愛の価値観について 

誤解をされたくないので自分を守るためにすこしだけ書かせていただきますが、わたしは決して同性愛を嫌悪しているわけではありません。先述した嫌悪感も、同性愛に対してのものではなく、物語上の正史の解釈に関わってのものです。

 

今、世間では恋愛の価値観が多様化し(もしくはもともと多様だった恋愛の価値観が表出してきて)同性愛者であることへの告白・理解が議論されることが多いですよね。わたしはそれを理解する立場でありたいと思っています。ただ、これまで同性愛をオープンにしている方と直接の関わりを持ったことはないので、実際に同性愛者と関わることになったら自分は何を思い、どう行動するのかは分からないままでした。

 

そこにやってくるYOI10話

…ですが、そうも言っていられなくなってきまして。10話で勇利が“おまもり”として買った指輪とペアになるものをヴィクトルにもプレゼントしたあの場面、そしてそこから後の一連の流れ。ネットを見れば踊る「婚約おめでとう」の文字。さて、わたしはこれをどう受け止めようか。変に真面目なところがあるので、いろいろ考ました。

 

あのシーンについて、これが男子と女子のシーンであれば、わたしが「フラグ!フラグ!」と思ったに違いないということは明らかです。

 

…あれ?だけど、同性のあいだでの恋愛感情って普通に世の中に存在するよね?だったら勇利とヴィクトルもこれ、フラグなんじゃない???

 

アニメの解釈は人それぞれですから、あくまでわたしの認識ではあるのですが。仮にあのふたりが同性愛者で、まだはっきり名前はわからない“愛”だけど、この後それが恋愛感情の枠に入っていくことも十分あり得るんじゃないか、そしてそれはまったく不自然なものではないんじゃないかな、と思いはじめました。ましてや、嫌悪したりすることなんてとんでもないんじゃないか、とも。

 

これはわたしが“ヴィク勇推し”になったというわけでも、BLを好むようになった一歩を踏み出したというわけでもなく、ただあくまで“好きになったアニメの登場人物たちが同性愛者かもしれないという可能性を受け入れるようになった”ということです。

 

YOIにおける"愛"

こういった考えに至るために、わたしは起きている間ほとんどずっとYOIについてのあれこれをここ最近ずっと考えていました。この作品で今描かれている"愛"が恋愛感情かはまだ確定していないし、最終回までに確定するかもわからないけど、それこそがリアルにも溢れている"愛"なんじゃないか、と思います。ただ、YOIの世界より現実世界の方がほんの少し他人の愛の形に厳しいだけで。

 

好きなものは好きで、それに対する愛の形がどのカテゴリーに入るかを、あの世界の人たちは気にしていないように思えます。もちろん、現実では自分が当事者になる愛がどのカテゴリーに属するかを気にせずにはいられないですが、そうではない愛について口出しするなんてきっとナンセンスですよね。それをYOIの世界の人は出来ているように感じられて、わたしもそんなスタンスをとりたいと思うようになりました。スケート好きでYOI観ている方が「このアニメは本格フィギュアスケートっていってるんだから、BLに転がってほしくなかった」ってネットでおっしゃっているのも見かけるんですが、恥さらしみたいなことは呟かないほうがいいですよ。って思うまでになっています。*2

 

"世界が開けた"とは

わたしのように小賢しいことを考えながら観ているひとは少ないかもしれないけど、この作品はこれまでBLに触れてこなかったひとや同性愛をどこか他人事に考えていた視聴者に、"同性愛"について考えさせてくれる機会を与えてくれるものかもしれないな、と思っています。この作品が好きで、登場人物の誰かに思い入れがある人は彼らを身近に感じているはずで、そうするとこの作品で描かれることは"自分にちかい距離にある同性愛の可能性"でもあるはずなんです。

 

だからこそわたしには先述のようなスタンスの変化があったわけです。いってしまえばただのアニメを、こんな風に重く受け止めるものではないかもしれません。だけど、多様な価値観を尊重し合いたい、尊重できる人間になりたい、という意識高めの思いを持っているわたしにとって、なにか世界が開けたような気持ちになりました。

 

…なにが言いたいかって結局、ユーリ!!! on ICEって素晴らしいアニメだよね!ってことです!!!

 

 

 

追記:久保ミツロウさんの素敵なツイートを見つけたので貼っておきます。わたしが長々とした文章で素敵だって言いたかったのはこの部分です。

 

*1:ハリーの相手はジニーだし、ハーマイオニーの相手はロンです!原作至上主義!

*2:恋愛ゼロのスポーツ一本がよかった、っていう意味じゃなく同性愛だから、って言う方だけですよ!