掛け持っているわたしから掛け持たれているあなたへ
昨日の健くんのラヂオで、なんだか痛いところを突かれたような気がして。
健くんに文句を言いたい、とかではなくて、自分が前から思っていたことを言葉にするタイミングのように感じたので、最近のわたしの掛け持ちに対する考えを。
エイトと掛け持ちしていると思われる女性からのお便りへの健くんのお返事部分。
結果的にはっきりしてませんけども、関ジャニ∞も続けてるということなんですかね?
まぁでも別にそれはそれで26歳で彼女も自分で稼いでる年齢ですから、お金の続く限りどちらも並行してやっていっても構いませんし、どちらかに絞るのか、彼女次第ですから、まあ良しとしましょう。
まぁ一本気な女性が私は好きですけども、まぁ仏みたいな心で見守りましょう
こんな健くんにもし伝えられるのなら、わたしの主張を伝えたいんです。 絶対に伝えることができないから、ここに書くんだけど。(重い)
わたしが知ってほしいのは“掛け持ちをするという選択をした時点で、あなたたちはわたしのなかの唯一無二の存在になっているんだよ”っていうことです。
これはどういうことなのか。ひとつSNSに例えた話を提示したいと思います。
おそらく多くの方がアカウントを持っていると思われるLINE。これとメールの関係を考えてみてください。みなさんは今、LINEのアカウントを知っている友達になにげない連絡をするのにメールを使いますか?わたしの答えはNoですし、おそらく多くの方の答えもNoでしょう。
ほんの数年前まで、メールは“友達と連絡を取る手段”としてわたしの生活の中に存在していました。ですがLINEが普及した今、“友達と連絡を取る手段”はLINEにも担わせることができますよね。そうすると、もうメールを使う必要は無くなるわけです。つまり、“これまでメールのいた場所はLINEにとって代わられた”ということ。
ジャニヲタ用語で言えば、これが担降りのようなものだとわたしは考えています。
では、掛け持ちはどうか。
今度はFacebookとTwitterの関係を考えてみてください。みなさん、このふたつを全く同じ目的・用法で使っていますか?おそらく答えはNoでしょう。
わたしの場合、Twitterはくだらないことを発信・受信したりするために、Facebookはすこし着飾った自分を見てもらう・そんな友達から刺激をもらうために、それぞれ異なった目的で使っています。わたしのなかで、FacebookとTwitterは完全なる“住み分け”のもと、大きく言えば唯一無二の存在として存在しています。
そう、これが掛け持ちなんです。
だから、うまくは言えないけれど、わたしがV6とTOKIOを掛け持ちしているのは、どちらが好きか決められないからじゃなくて、どちらも違う要素としてわたしのこころのなかに存在していて、それはつまり、どちらもわたしのなかの唯一無二の存在なんだ、ということです。
そもそもジャニーズ事務所のグループふたつを好きなら掛け持ちとみなされる一方で、ジャニーズのグループと、例えば芸人さんだったり、を同じ熱量で好きでいても掛け持ちとみなさないような雰囲気があることからも、求めているもの、というか、自分のなかで全く違うジャンルとして確立されているジャニーズグループの掛け持ちは、二股しているんじゃないんですよ!FacebookとTwitterなんですよ!
自分がジャニーズを応援していく上での負い目をごまかすための文章を書いたと言えばそうかもしれませんし、その引き合いに健くんのラヂオをだしてしまったのは咎められることかもしれません。
でもわたしは言いたいです。
あなたたちはわたしの中で唯一無二の存在なんだよ!