雑食メロンコリー

すきなものを すきなぶんだけ めいっぱい

わたしの人生を変えたあるひとつの物語


きっと誰にでもある人生を変えるような出会い。わたしにだってそれはありました。

“史上最高のファンタジー”それはよくこう呼ばれる物語。そして、わたしの人生を変えた物語。

金曜ロードショーで4週連続やってもらえてるので、その興奮から書きます。ハリーポッターシリーズについて語らせてください。

 

ものすごく激しい自分語りかつ長々と脈絡のない文章なのであくまでわたし自身のためのハリポタ愛の記録とします。

 

わたしがその物語に出会ったのは小学校一年生のとき。テレビでやっていた賢者の石を観たそのときです。たしかちょうど、炎のゴブレット出版にむけたタイミングでの放送だったはずです。

もともと全く興味なんてなくて。ただ母親が「これ面白いらしいよ〜」って付けてたのを一緒になって見だしたらなにかがどんぴしゃりで。「録画してるから寝なさい」って言われるまで夢中で観て、次の日早起きしてずっと繰り返し観て、すぐ親に本を買って!って頼みました。

なにがはまったのか分かんないんです。でもずっと、もしかしたら11歳になったら私のところにもふくろう便がきて、9と4分の3番線から紅の汽車にのってホグワーツにいけるんじゃないかって思ってました。

ハーマイオニーに本気で憧れて一生懸命勉強したし、たくさん本を読みました。9歳、10歳の頃本気で学校行きたくない、って思った時期も、もう絶対ありえないってわかってながらもあと1年したらホグワーツからふくろう便がくるから頑張ろうって思って学校に行きました。11歳のお誕生日には絶対ないってわかってたけど、やっぱりちょっとだけがっかりしたし、だいっきらいな先生もアンブリッジよりはマシって我慢したりしました。原書を読みたいからって辞書片手にがんばって読んだり、受験の息抜きに字幕・吹き替えなしでDVD見たり。

 

…ほんとうにお世話になりっぱなしだったんです。わたしの今の指針とか、考え方とか、ほとんどここから来てるっていっても過言じゃないくらい。

 

この物語には、終わりが見えてたからこそなにか惹きつけられていた部分もあるのかな、と。もともとローリングは7巻で終わるって公言していたし、7年生で終わりのホグワーツなんだから、7巻で終わるって分かってたんです。

それでも謎のプリンスぐらいのときに、ほんとうに終わるのが嫌で嫌でたまらなくて。だからこそ一文一文、いや一文字一文字をじっくり読まなきゃ っていう気持ちが生まれてきて。たぶんこんな気持ちはもう一生味わえないんだろうと思います。

 

何かが終わるのがこんなにも悲しくて辛いことだなんて思ったことなかったし、それでも終わりは来るっていう体験ははじめてでした。それからその終わりが自分の思い通りになるはずなんてないってことも。

 

だけどわたしは自分が迷ったり、困ったり、何かから目を背けたくなったらこの物語に帰ってくるんです。かわいい女の子たちでも、かっこいいおっさん、おじさんでもないんです。なぜだか、「ああ、助けてもらわなきゃ」って思うんです。現実はなにも変わらないけど、何かが変わるような、解決してもらえるような、そんな気がするんです。なんでたろう。


自分がこんなにも好きで、夢中になれるものがあるってことを小さいうちから知れたのは幸せでした。ほんとうに。これからもずっと好きだし、また事あるごとにわたしはこの物語に帰るんだろうな、って思ってます。


ほんとうに大好きなんです。

あの物語には魔法があるよ。マグルにだって分かる、魔法がかかってる。