雑食メロンコリー

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抜け出せないシリーズ:KARA


抜け出せなくなった顛末シリーズその⑴ KARA です。

ジャニーズのグループ中心に書くとか言ったくせに、いきなり違います。でも、KARAにハマったことで初めて誰かのファンになるということを自覚したので記念に書きますね。

まあ、わたしがKARAにハマりはじめてから今までをただただ振り返りたかっただけなんですけどね!



Ⅰ なんとなく認識期

きっかけは部活でした。わたしは吹奏楽部だったんです。ありがちな話だとは思うけれど、当時KARAはおろか、今はK-popが流行ってるらしい 位しか知らなかったわたしのもとに配られた楽譜。それがKARAのGO GO サマー!で。

せっかく吹くんだから とiTunesで曲を購入し、はやく覚えなきゃ!と何回も曲を聞いたり…そうするうちに自然とテレビに出るKARAを意識するようになっていきました。



Ⅱ ファンになる!と意識した時

それまでのわたしは、毎週鉄腕DASHを見たり、音楽番組ではTOKIOが見れたらいいな〜 と思ったりするものの、ファンというわけでもなく、好きなタレント?特にいないかな〜 という感じでした。

そんなわたしがpopteen 2012年1月号の表紙から始まるKARA特集を読んで、変わったんです。

具体的にどうこう じゃなくて、“あ、わたしこの人たちが好きだ。KARAが好きなんだ。ファンになろう。応援したい。”って思ったんです。

そう思ってからは、まるで転がり落ちるようにハマっていきました。

CDをレンタルしてiPodに落として、動画サイトで韓国での出演番組を見て。いつしか日本の番組でなるべく通訳さんを通さずに自分たちでコミュニケーションを取り、日韓どちらの音楽シーンでも話題をかっさらっていく、そんな5人を誇らしいとすら思うようになっていました。

わたしはKARAのファン、つまりKAMILIAになったのです。



Ⅲ ファンになってから今まで

KAMILIAとしてのわたしには、これまで3つの大きな出来事がありました。

ひとつめは、日本の嫌韓ムードの高まりに伴うKARAの日本での露出の減少。

これには悩まされました。もともと人の目を気にするタイプなので、もうKARAが好きって言えないんじゃないか とも思ったし、すごく失礼な言い方になるけれど、KARAも日本に嫌々来てるんじゃないか とも思いました。今でもK-popブームの時に比べて格段に露出が少ないという事実は変わっていないし、KARAがテレビに出れば韓国人だからという理由で叩く人がいっぱいいます。でも、わたしがKAMILIAでなくなることはありませんでした。もちろん国と国という観点で見ると、韓国という国に対して思うところもたくさんあるし、その行動に対して腹が立つことはたくさんあります。

でも、KARAは、少なくともKARAの5人はそうじゃないって信じたかったんです、わたし。

今ではKARAが韓国のガールズグループだ、ということはあまり気にしていません。ただ好きだから、応援する。そんな感じです。


ふたつめはKARASIAへの参戦。

わたしは11月10日にサンドーム福井で行われた2ndKARASIAに参戦しました。

このことについては長くなる自信があるので、書きたくなった時にこれについての記事を書こうと思っていますが、わたしはのコンサートで色んなことを考えました。あの時はニコル、ジヨンの脱退やKARAの解散などが囁かれていて。でも、コンサートの間、わたしはすっごく幸せでした。自分はKARAを好きなんだ、ということを再確認できた、大切な思い出です。


そしてみっつめは、ニコル・ジヨンの脱退とヨンジの加入です。

わたしはニコル寄りのオールペンでした。正直に言えば、今でもこのことをちゃんと受け止めきれている自信はありません。

だけど、ニコジヨがドラマ、映画、音楽、それぞれの舞台で姿を見せてくれていること。それからギュリ、スンヨン、ハラちゃんがKARAを守ってくれたこと。ヨンジが素敵な子だったこと。そういう要因が合わさって、わたしはKAMILIAをやめてニコルちゃんだけを応援するのではなく、ニコル・ギュリ・スンヨン・ハラ・知英・ヨンジという6人の活躍を願えているんだろうな、と思います。もちろん、ソンヒちゃんの幸せも願っていますよ。


これから彼女たちをとりまく環境がどうなるのか、どこでどんな活動を見せてくれるのか、分からない部分は大きいです。

でも、わたしはKARAを、ニコルを、知英を応援し続けるんだろうと思います。

だって抜け出せないんだもん。



( さいごに )

baby KARA だったソジンちゃんの訃報を受けて。ご冥福をお祈りします。